月別アーカイブ: 2008年4月

最後の風呂

c4ce9e28.JPG 明日の朝五時にホテルを出発してルクラに向かう飛行機に乗ることになった。ルクラは霧が出ることが多く、霧が晴れるまで飛行機が飛べず、6時半にフライトの予定も結局長いことカトマンズの空港で飛ぶのを待つことになるだろう(昨年、行きも帰りもそうだった)。

 さて、今日は日本から届いた荷物の荷解・確認・仕分け・再梱包。私は装備の責任者に昨日仕立てられ、装備責任者として7時から荷解をはじめた。合計600キロで約70個口の荷物も3つの大きな木箱に入って日本から空輸されてきていて、それをドライバーやバールを使って木箱を解体し、現物確認をした。昼までで大方のチェックは終わったが、昨年は、カトマンズからナムチェへの移動時に100万円近くの荷物がなくなった痛い経験があったので、そのようなことがないように現地でリストを作成し荷物に通し番号をつけて、誰もが荷物の不備が分かるようにした。
 午後からは機械の組み立て稼動試験をしたが、現地に設置する水位計の試験のために水道管に1mくらいの水を入手する必要があった。その水を入手することは簡単だが、ちょっと昨年も仕事ばかりで街の探検ができなかったため、今回は共同の水場を探してそこで水を入れることにする。そこで、街を水道管をもって井戸を探した。いろんな路地裏を歩いていったが、そうそう、やっぱりこれが海外の面白いところだ。いろんな人々の生活を垣間見て日本との違いを実感する。
 さて、明日はルクラからパキデュンというところに移動する。目指す氷河湖の近くにはインターネット回線を引いているから、次にブログれるのは、月末のディンボチェという大体標高4500mのところか・・・。運がよければナムチェバザールでもブログれるかも。無事に健康で事故なくまずは氷河湖までたどり着けるようにと祈るばかりだ。

 これからはじまる3週間の風呂なし生活。今日が最後の風呂(シャワー)だ。

チャーターヘリは飛ばない

500f0e0c.JPG 結局、軍用ヘリはチャーターできなかったということで、われわれのトレッキングはカトマンズ→ルクラを定期便。ルクラからエベレスト街道は徒歩となった。600キロを越える荷物も(なんたってゴムボートなんかもあるし)人力+ヤク(動物)で運ぶこととなる。重い荷物を運ばせてしまい・・・とは思うけれど、昨年、それは地域の雇用を作る意味で重要な国際貢献だと思うようになった。

 今日、別送した600キロの荷物が夕方に届いたが、停電した街では明かりがないので荷解きの仕事は明日の朝7時からすることにした。

 夕食はネパールのパートナー(NREN:アジアのノーベル賞といわれるマグサイサイ賞の昨年の受賞者らのチーム)の招きで食事会があった。道中、停電した街を歩いたが、ろうそくで明かりをとっている店も多い。これまでネパールでしか見たことない景色だ。どうも最近は、前回行った2007年の11月にいったときよりも、停電・断水などが頻発しているらしいとのこと。そんな中での食事だったが、見事に高級料理屋(日本の料亭のようなところ)の明かりは演出なのか・・・(?たぶん違うとおもうが)。ローソクで明かりを取っていた。

 ところで、昨年われわれがつかったチャーターヘリは3日前、落ちたそうだ・・・。今回もヘリがチャーターできればそれで行く予定だったらしい・・・。

カトマンズ到着

 さて、昨日の昼間カトマンズに到着した。前回きたときよりも街は静か。車も少ないし、クラクションも少ない。砂埃も・・・。気温で言えば夏の高原のような乾いた暑さだ。風もそこそこそよいでいて、前回の一刻もはやくカトマンズを脱したいという気持ちはまだ起きてはいない。しかし、もう次期政権交代の社会混乱の前なのか、それともガソリン不足のためなのか車や人通りが少ない理由は何だろう。気になる。

 街は夜頻繁に停電しているようで、自家発電気を動かすおとがあちこちで聞こえた。
 
 詳しいことは分からないが、オリンピックの聖火がエベレスト周辺を通るらしい。そのために、中国政府はネパール政府に対してエベレスト周辺へのチャーターヘリのフライトを禁止するように申し入れた。そのためにわれわれの行動は、予定ではカトマンズからシャンボチェ空港に入り、人はナムチェバザール、荷物はその足でイムジャこの近くのディンボチェまで空輸だったが、もしかしたら、定期便での人と荷物の運搬となる。ただし、軍用ヘリはエベレスト周辺のフライトを禁止されていないので、それをチャータできれば当初予定のフライトとなる。今晩、その交渉結果がくる。
 
 いまネパールのMALLAホテルというところに泊まっている。今日はそこで買出しと日本から別送の荷物の受け取りだ。

バンコク

7e25c12d.jpgネパールにいくまえにタイで乗り継ぎのために一泊。現地時間二時半に付いた。ホテルに入っても晩飯までに時間があったので、路地裏散歩。驚いたことに象が歩いてた。ビックリ。
しかしバンコクは町がいい感じ。人もいい感じ。これで三回目だがバンコクは期待を裏切らない。

いつもと違う・・・

 今日はこれまで海外出張するときやっていなかったことをしてしまった。学長・副学長・事務局へ「行ってきます」のあいさつ回りだ。珍しい・・・。俺としたことが、なぜだろう。今回はなんかいつもと違う。これを人は胸騒ぎというのかもしれないが、大人になったのかもしれない。

 さて、今日はあいさつ回りをしておいて、それから名古屋に低酸素トレーニングにいってきた。設定した標高は4500mだ。一時間のトレーニングを二回やった。最初のトレーニングは調子がよかった(低酸素状態)だったが、二回目のトレーニングは器械の調子が悪かったのか、まったく平地と同じ酸素濃度での運動となった。おかげで、体に付加をかけるために、最大付加の運動を行い脈拍は150拍/分くらいだった。あれは絶対に器械がおかしい!けれども規定料金2700を支払ってきた。

 現在、0時。明日の朝10時半の飛行機で出発だ。いまは、最後の荷造りとあちらで仕事ができるようにとパソコンのハードディスクに必要なデータをコピーしている。

一夜漬け

 昨日は水泳トレーニングをする時間もなく、ヒマラヤでの水力発電試験をしていた。近所にある流れの速い農業用水(猿がたむろしていて、怖かった)で発電機を水につけてのはじめての経験。結果は、早いと思っていた農業用水では発電できなかった。流速が遅すぎて規定電圧がでなかったのだ。
 4月の氷河湖は一年でもっとも水位が低いらしい。ということは、そこから流れ出る小川の水量も少ない。となると・・・。あまりいいことはなさそうだが、何とか水力発電の器械配線はできたので、あとは本番に賭けよう!しかし、こんなの初めてやることばかり毎日が勉強と新発見。深さはないが、自分の能力が少しだけ広がっている実感はしている。(まさか、電気配線図をみて、適切な機材を購入し工作するなんて41年間の人生で想像だにしていなかった)。これなら、車のカーステや電気回路の工作くらいできる自身が出てきた。
 しかしまぁ、受験生のような一夜漬けばかりの技術で果たしてヒマラヤで通用するのだろうか。

 なお、私たちがいくイムジャ湖と同じくらいの標高のエベレストベースキャンプの天気予報では、最近、あのあたりも暖かくなってきたといっている。先週まで、最低気温マイナス30度なんていう温度もあったが・・・。

体調不良・・・?

abe6ff39.jpg 今日、ヒマラヤ調査の荷物を宅急便がとりに来た。今回の荷物はめちゃくちゃ多いので、大変だからなんらかの手を打つようにと、もう2月まえからF先生に言っていた。彼も、先日のボートを持ち帰り、始めてリアルに考えたのか、やっと荷物をどうするかを考えたようだ。昨日突然彼から、荷物が送れないから貨物で送ることにしました。宅急便をそちらにまわしますから、準備しておくようにと・・・。もう、突然言うなよ。こっちも機械の調整なんかが大変で、とても明日に荷物をそろえられる状態にないのだから・・・。そんな具合で、一夜漬けで荷物を整理(?)し、ひとまず大荷物は手元から離れた(絶対忘れ物があるとおもう。忘れ物は僻地では命取り。気が気でない)。

 というわけで、良いのか、悪いのか分からないが、一つの峠を越えた。それには違いない。

 さて、ここ一週間、トレーニングらしいトレーニングはやっていないので、そろそろ体に負荷をかけなければ体が錆びる。荷物を担いだ金華山をしよう!荷物を送り出した夕方そう思ったが、どうも頭がスッキリしない。むしろ頭が痛い・・・。この出発間際にこの体調かぁ。ちょっとまずいなぁ。

 でも、待てよ。あと何日日本にいるか?土曜日の朝には出発だ。水・木・金。おっとあと3日。それで、トレーニングできそうな日はいつだろう。なになに、木曜日・金曜日は雨のようだ。となると今日しか金華山する日はない!でも頭が痛い・・・。

 とりあえず体温を測った。36度1分。いつもどおり低い(普段にしてみたらちょっと高め)。ようし大丈夫だ。山に登ろう!そう決断したのが午後10時半。

 20キロの荷物を背負い大汗をかいてきた。不思議なことに、こうして体を動かすと頭の痛いのも吹き飛ぶ。時々あるが、体調がわるいとき体を動かすと体調が戻る。というか、冴える。そんなことを実感する。どうやら自分の体は肉体労働者向き、もしくはアスリート向きで、もんもんと事務仕事をしていると体調が悪くなる体質なのかもしれない。確かに、これまでも思い当たることがあるし。

 そんなことを考えながら夜の金華山を登ってきた。

 明日は水泳・あさっては低酸素。しあさってはバンコク経由ネパール行きのスタート。チベット仏教のエベレスト街道。何事もなく無事に仕事が進むことをただ祈るだけだ。

操船トレーニング

さなる 土曜日の晩、浜名湖弁天島のキャンプ場で一夜を過ごし、10時集合の佐鳴湖へ。この湖で遠征メンバー全員の共通技能として船外機を使った操船を覚えてもらうためだ。現地の時間は限られているし、酸素の薄い現地で、そんな入門講習などやっていられない。
 ところで、そんな練習をなぜ佐鳴湖で行うのか?理由は、その湖が今回我々がいく(昨年同様)イムジャ湖と大きさ形が似ているからだ。前回、イムジャ湖の大きさを目の前にして、呆然・・・。でかぁ・・・。これを測量するのか~・・・。今回も湖の測量をするため、湖を縦横無尽に走るが、それに必要なガソリン量や時間などを計算する基礎データがいる。だから、東京・岐阜の中間地点の静岡で、しかも、交通の便のよい高速・新幹線沿いで、適当な湖をインターネット地図で探していた。そして、発見した佐鳴湖。
 全部で今回購入したボートは4艇。一つは無料で提供を受けた。殿は4艇持っていくと張り切っていた。ところがそんなのとんでもない。船外機は3つしか発注していない。しかも、飛行機荷物のオーバーウェイトは1キロ5000円だから、ボート一艇30キロだとしたら、もって行くだけで15万円。もって帰ってきたらさらに15万円。つまり持っていき持ち帰れば30万。挙句に持っていっても船外機がなくて使えないということだったら・・・。火を見るよりも明らか。なんとか3艇いいのを持っていってくれ、そう思って全てのボートを佐鳴湖に集合させた。
4boat

 4艇のうち2艇はゴムボート。1艇は折りたたみのアルミボート。残りの1艇は樹脂性のボート(写真)。結果、アルミボートは安定性と重さと大きさの点からヒマラヤにはもって行かないことになった。
 船外機はガソリン2台、電気モーター1台。予想以上にすばらしかったのは電気モーターだ。静かに湖の湖面を風のように疾走した。

ポータ
 行きはゴムボート2艇、アルミボート1艇もって軽トラも一杯だった。しかし、帰りに東京チームにゴムボート2艇を引き取ってもらい軽トラも軽くなる。浜松でウナギを食べて岐阜に戻る。

 もどったら、もどったで今日、トータルステーションという測量器械を覚えるための一夜漬け・・・。
TS

佐鳴湖

f1e1200c.jpgいま浜名湖にきました。明日ヒマラヤでの調査予行演習のためです。弁天島という浜名湖にある場所でキャンプ場でテントはってます。しかし荷物がケイトラテンコモリ。これだけの量にプラスして測量の道具もある。どうやって空港までもっていったらいいんだ?

低酸素トレーニング 3

6bc8e8c5.jpg 今日は昼から代休をとり名古屋で3回目の低酸素トレーニングだ。じゃっかん早めについたのでタクシーをつかって、大須まででかけ、電気工事の部品を買ってきた。部品はだいたいそろった。あとは、水力発電ができるかどうかだ。

 3回目の今日は標高を4000mの高さに上げての低酸素トレーニング。安静の30分間は特に3500mや平地にいるときと変わりはなかった。また、軽い負荷の自転車こぎの15分もなんともなかった。しかし、負荷を上げた残りの15分の自転車こぎは、筋肉はなんともないが、あたまがクラクラする感じになった。昨日、午前2時半まで仕事をしてたせいだろうか。眠たくなり(本当は酸欠なんだとおもうが)、自転車こぎながらちょっと辛かった。まるで、飲み会(私は飲み会が苦手)で眠たくなってきたのに、会が終わりそうもないとき、必死に寝てしまうのをこらえるときのあの感じ・・・。

 今日はやっと低酸素ルームの写真を撮れた!こんなところでトレーニングをしている。一回一時間2700円也。