月別アーカイブ: 2008年6月

日本の柱

 土曜日に名古屋の住宅資材展示会に行ってきた。この職場にいると、林業、林業とお経のように同じ言葉を聞き「あたかも世の中、林業、しかも、最近では国内の林業」がとても大きなことのように思えてくる。しかし、私が建材を販売していた会社員時代、「だれもそんなことは思っていない」と実感していたので、いまの職場のお経の渦から、時々飛び出ないと「頭がおかしくなりそう」だからだ。

 国内木材需要の8割を輸入木材が占めており、日本の木材は長い間不振にあえいできた。ところが、ここ数年の中国やインド、中近東での経済活況により木材の需要が増え、日本に木材が入りにくくなってきた。そこで、林野庁や県では本腰をいれて日本林業にテコ入れしようと頑張っている。

 そんな話を聞くたびに(私も深くかかわってはいるが)、なんだかちょっと異な感じをしていた。理由は、木材をつかうエンドユーザーが見えてこないからだ(私がしらないだけかもしれないが)。県の人が来ていうには、製材所が○○が安定供給されれば、購入するということなので、林業サイドはその安定供給・低コストの道をつけるのだ、そういうことだった。

 私は製材所の先の製品がそれだけの量売れるのか、または、個人消費者が国産材でいいというのか・・・。それが気になっている。けれど、この職場にいる限り山の現場しか見えてこない。

 そこで建築資材展示場にいき取材してくることにしたわけだ。

 その結果、最近人から聞いたことと一致しているが、どうも合板の需要は高いが、柱や板は国産材を求めているわけではないと思った。

 柱については、数年前、プレカット工場や木材屋で話をきけば、国内需要の多くの部分は、大手ハウスメーカーでは集製材柱(それでないと、木が乾燥して割れたりして、お客からクレームになり再度建て直しをすることもあるそうで、そのリスクを考えたら多少高くても集製材でリスク回避)、②中堅のハウスメーカーは集製材をつかえば価格競争力で大手に負けるので乾燥米マツ。それからもれる隙間なんところを国産材の柱が埋めているらしい。そんなことを聞いているので、俄に大手・中堅のハウスメーカーがいくら輸入木材価格があがったため、値段があえば国産材をつかってくれるといっても、知れた量。そんなことを感じていた。

 そんなおり、先週、林業サイドのある人から「どうも、私たちは柱生産に期待して、現在仕組みを考えようとしているが、国の本当の狙いは、構造用合板のようだ」という話を聞いた。

 展示会にいってわかったこと。確かに、誰も柱に期待していなかった。柱に対する需要も現在、皆無(ただ、和歌山の山長商店は違った)。国産材を欲しがっているのは、構造用合板だけだった。

 しかし、たかが、構造用合板なのに、なぜ、そんなに騒いでいるのか?ちょっと不思議だった。そこで、ベニアを売り続けて18年の大学時代の同級生に電話をしてみた。すると自分がいかに不勉強であるかを思い知った。

 ①むかしから住宅をつくるとき、瓦の下地に合板をつかう。また床の下地に構造用合板をつかう。私が会社員時代合板をうっていたとき、それで使われていたのは、インドネシアやマレーシアの合板だった。

 ②ところが、数年前シックハウス症候群の原因として合板で使われる接着剤中のホルムアルデヒドが問題となり、建築基準法が変った。ホルムアルデヒドの空気中への出具合によって合板が規格化された。もちろん、住宅用途は基準は厳しい。それが、外国の合板工場では基準をクリアするのが難しく、国内の合板工場が息を吹き返し(私が会社員時代は、ほとんど全ての合板メーカーは海外に生産の拠点を移し、国内の工場でつくられる合板は風前の灯だった)、ロシアの唐松をつかった合板を生産するようになった。

 ③そんな中、家のつくりかたが変ってきた。昔は土台、根太、合板、床と木材を積み上げて床をつくっていたが、最近では24mm(普通の倍サイズ)の合板をつかうかわりに根太を使わない工法が広がってきた。また壁にも合板を使う。したがって、これまではほとんど流通しなかった国産の合板の需要が一気に高まった。

 ④ところが、ロシアが丸太の輸出に関税をかけることがきまり、日本に合板用丸太が入ってこない。ハウスメーカーは困る。合板工場も困る。そこで日本に丸太を求める。

 となると、いま国産材・国産材とうるさいが本当の狙いは「安い」丸太。柱や板のことは眼中にない。むしろ、柱や板になる木材を大量に山から出してきてもユーザーがおらず、結局、相場が崩れて、最終的に合板用丸太と同じ値段で取引される・・・。そんな最悪のシナリオも考えられる。値段さえあえば、成長の早いニュージーランドのマツ材にとってかわるのかも・・・。
 うーん、これでいいのか。

 さて、私の理解間違いもあることと思います。S永さん、tharaさん、yamasan、ご意見をいただけますか。

恐るべし ヒマラヤ病?

 いろんな理由から本を読むことが、ここ2・3週間多くなった。土曜日は名古屋で「住宅資材の展示会」があり、林業を考えるために、午後から展示会に出かけた。途中、名駅の三省堂書店にいき、数冊かってきた。しかし、本屋に行くたびに思うが、まだまだ知らないことが多くて読みたい本がいろいろあるが、一冊何時間もかかることを思うととても気になる本を全て読むことはできない。本をむしゃむしゃ食べたら、そこに書いてあることの2%くらい分れば便利なのにと昔から思う。

 そんなことで、本を数冊買った。もちろん、読みかけの「天璋院篤姫」下巻も購入した。帰りの電車から読み始めた。午前2時には読み終えた。上巻は読みづらく時間がかかったり、途中で飽き飽きしてきたり・・・。しかし、下巻はあっという間だった。
 
 これは自分の仮説。

 上巻を読み始めたのはヒマラヤ帰り直後。いま、帰ってから一月たった。この一ヶ月の中での実感だが、帰った最初のころは頭をつかう仕事は「心ここにあらず」という感じで、うっかりしていることが多かった。もちろん、体力勝負は冴えているが・・・。最近は、頭を使う仕事も以前と同じ感覚に近づいてきた。おそらく篤姫が読みにくかったのは、ヒマラヤでの生活が脳みその回路を活字理解から遠ざけていたからではないだろうか・・・。そう思といろいろなことが理解しやすいので、もう勝手にそう思うことにした。

 さて、篤姫。面白かった。原作とドラマとの話の筋の違い方もそうだが、たとえば、慶喜の描き方も司馬遼太郎の『最後の将軍』とまったく異なる点もおもしろい。

 幕末の歴史に興味を持っていた亡き兄が、そこに何を感じていたのか知ろうと思い、幕末の歴史書や小説を読み漁っていた時期がある。兄が好きだった竜馬から読み始めたので、司馬遼太郎の『竜馬が行く』から読む。これまでも気になっていたが、司馬遼太郎は主人公を「完璧」な「英雄」にしたてあげる。そのおかげで竜馬には「人間臭さ」を私は感じなかった。『最後の将軍』慶喜についてもそうだった。それ以来、慶喜のイメージは『最後の将軍』で固定された。
 一方、篤姫の中の慶喜は・・・。NHK大河ドラマに釘づけだ。

NHKクローズアップ現代2

 NHKのクローズアップ現代で私たちの取り組みが紹介された。そして私も顔がでていた。そんなことはともかくとして、懐かしい顔や風景だった。

 F先生がインタービューをうけているときの右隣のキッチンボーイ(彼はのちにF先生と私が登山を行ったところのベースキャンプで拾った酸素ボンベを火にかけボンベを大爆発させ、5000mの湖に爆音を響かせただけではなく、ボンベが爆発するときの炎で眉毛がなくなり、手のひらに切り傷をした。もっとも危うく死ぬとこだったのだが)。また、私が荷物のチェックをしているとき(ルクラから50km、標高差2000mを数日、23人のポータたちが運んでくれた)の薮田さんや、シェルパの親分のサーダーであるラックパヌルさん。全ての人が懐かしかった。

 大学4年生のとき、テレビマンになって番組を作りたいと思った。学生時代に知り合ったテレビマンたちの熱意に感銘を受けたからだ。今も昔も、テレビマンの就職は狭き門だ(当時、プロダクションだとかをあまり理解していなかったため、テレビ局を受験した)。結局、受からなかった。そんなことで、ちょっとテレビマンには思うところがあった。

 ところが、今回ヒマラヤでテレビマンと3週間以上一緒に動いていたら、「俺にはできん」と確信した。情熱は負けないが・・・。社交性と大胆さは、俺には無理。毎朝テントにやってきて「今日はなにしますか?」なんていニコニコやってきたり、食事前や食事中におもむろにテントにやってきて、ニコニコしながら情報収集。集めた素材を切ったり貼ったりして自分の物語を作る大胆さ。あーーー、俺にはできん。どちらかといえば孤高でいたいし、主義主張はたとえ締め切りすぎるとしても慎重でありたい。

 やっぱり、いまの仕事があってるのかなぁ。そんなことをテレビを見ながら思った。

幾何学配置

e26a56c2.jpg このところ竹細工とはご無沙汰だ。理由は、どうしても上手くできない加工があるからだ。六つ目かごは卒業検定。だが網代編みや四つ目編みの口の加工がノーアイデアなのだ。もちろん、縄や針金をつかえばなんとかなるが、オール竹を目指す身だから、その禁じ手は使わない。だから、壁にぶち当たっていた。

 ところが、金曜日、今年入学した学生の爺さんが竹かご作りを極めていると聞いた。おっと、聞ける人ができた。そこで、網代編みの復習をした。こうして、達人に聴けるとなると、タダクサさな状態ではいけない。練習、練習。鮎の季節が終わる前に籠編みをマスターするのだ。

 そのため、網代編みの作品をまじまじながめ、編み方をよくよく見てみたら、これまでの問題点を発見した。(これまでは真面目に編んでいなかったから問題がでてきたのだろうと思って、問題視していなかった)。その問題点を解決するため、仕事が一段落したところで、編みのパーツの空間配置を考えていた。脳みそが刺激されているのが判る。
 
 うーーーん、難しいぃ・・・。よくもまぁ、こんな難しいことに縄文人は気づいたなぁ。ほどほど感心した。でも一応、いまのところは四角形の籠は、あとは達人に教えを請えばできる常態にはなったと思う。

NHK大河ドラマ

 既に締め切りが過ぎた原稿をさっきから書いていた。一段落したので、頭をリセットするためにブログに向かう。

 いま篤姫がNHKの大河ドラマでやっている。前々回の「功名が辻」は初回から視始め、そのうち欠かせなくなり、日曜日は千代と一豊に振り回された。なので、もう見るものかとその後はなるべく目を背けるようにしたが、ヒマラヤからかえってくるとチョンマゲが恋しくなり、何気なく大河ドラマにチャンネルを合わせた。・・・。そしていまは、再び大河ドラマに振りまわされる毎週になった。

 ここ最近では「秀吉」「功名が辻」に振り回され、いまは「天璋院篤姫」に振り回される。そんなときは、原作とその時代周辺の本を読むのも習慣になった。面白おかしくドラマ化しているが、原作はどうなっているのか。その小説は、ある人物や事件をこう描いているが、史実はどうなのか・・・。そんなことが気になってしょうがないからだ。

 というわけで、篤姫の原作に当たってみた。ずいぶん、脚本は原作と違っている。いまのところ、上下巻のうち上巻(ちょうど今日の放送くらい)を読んだが、小松帯刀や大久保利通などでてきやしない・・・。しかも、滝山と篤姫との関係や本寿院の大奥での立場の描き方が大きく違う。
 原作書くのにも大変な力がいるが、これは脚本も大変な力がいる。一度、脚本家の仕事ぶりを聞いてみたい。

 しかし、篤姫の原作、宮本登美子が書いているのだが、以前よんだ彼女の作品「平家物語」とくらべて読みにくく、時間がかかる。彼女、篤姫を慎重に書きすぎていないだろうか?それとも女性ということで資料が少なく苦労したのだろうか・・・。

ありがとうございます。tossan

トウモロコシ復活 瀕死の重傷だったトウモロコシ。tossanのアドバイスが効いたのか、植えてから2週間たった今日、写真のような状態になった。なんとかサバイブしたようだ。もちろん、これまでの2週間、生死をさまよったトウモロコシのサイズは小さいが・・・。あとはこのまま成長してくれればと願うばかりだ。
 この雨で沢山草が生えてきた。昨日、農場にいったときには畝上の草はむしってきた。しかし、畝と畝との間のくぼみはだいぶ草が生えてきた。この草の生育状態、ちょっと近所には恥ずかしいがまだ草むしりするには早いと判断している。

トウモロコシ3種 あとから植えた2種類のトウモロコシ。紫色のトウモロコシは2箇所のうち、一箇所は根付かなかった。しかし、なんとか残りのトウモロコシは元気に育ってくれている。
 近所の畑のトウモロコシとだいぶ生育タイミングがずれているような気がするが、なんとか収穫まで持っていけるだろうと楽天的に考えている。
 とにかく、瀕死のトウモロコシの復活劇にうれしい気持ちがわいてくる。

本を贈っていただいた

87dcbe33.jpg 前のブログで、ネパール・カトマンズのホテルで野口健さんにあって立ち話をしたといった。あの時、彼から名詞をいただいたが、私は名詞をホテルの部屋においていたため、名詞を渡せなかった。そこで日本に帰ってきてから、「名詞をいただきっぱなしで失礼しました」と一筆書いた。

 野口健。いろんな見方をする人がいる。私の周りにいる山登りや学者系統の人で彼のことをよく言う人は聞いたことがない。その一方で、彼のことを悪くいう人も聞いたことない。ただ、彼らは、ちょっと含み笑いをしながら「○○だというじゃない」と彼のことをあれこれマイナス評価しているようなニュアンスの発言をする。
 一方、一般人の多くは「山登りにチャレンジし、清掃登山などもしながら、ユーモアーたっぷりで割りと好印象」という人が多い。
 さて、私はどう思っているか。本人は自分の肩書きを「冒険家」「アルピニスト」と書いているが、それが「本気」なのか「お茶目なギャグ」なのか「そうせざるを得ない社会で仕方なしに・・・」なのか不思議に思っている。また、「植村直己」に影響を受け・・・なんていって、自分が植村ファンの代表のようにいうが(私が勝手に解釈しているだけだが)、植村ファンの私はジェラシーを感じる。それ以外は、いたって一般人と同じ感覚だ。
 とにかく、時代の寵児となって多忙な人であることは間違いない。

 そんな彼から金曜日、手紙をもらった。写真の本にサインを入れて。
 (余談だが、人からサインをもらうのは好きではない。サインをねだるということは手の届かぬ存在の人だから、そのサインがありがたいのであろう。だから、サインをもらった時点で私はその人に負けたことになる!と思っているからだ。その道の有名人といわれる人にあってもサインなどねだったことはない。しかし、勝手にサインをくれた人もいる。そんなサインで唯一、私の中でありがたく頂戴しているのは「植村公子」さん。そう植村直己さんの奥さんからのサインだけ。今回、まいった。野口さんにしてやられた・・・)

 職場で受け取ったとき、多忙な中お手紙つきでいただいたその本だったが、あまり読もうという気はなかった。以前聞いた講演と内容が重複していたからだ。が、寝る前、目次に目を通していたら「イムジャ氷河湖」について書かれたページがあるのを発見。そこで、イムジャ氷河湖のページを読んでみた。私達のことは2行程度のことだった。そんな中、ぺらぺらめくっていたら、写真が目に付いたページがあった。そこの記事を読んでいたら・・・。そんなことでパラパラ見ていたら読み終えてしまった。

 読み終わっての感想。前述、登山をする人、学者の人のコメントである「富士山清掃なんて綺麗ごとをいっているけれど、本人はぜんぜんごみ拾いしていないというじゃないか・・・」だとか「野口健、登山家ねぇ~」であるが、それをいう人は根性が曲がっているように思えた。あの本を読んで分かったことは「たとえ、野口健がごみ拾いをしていなくても、仕掛けたのは彼で、その運動を続けているのも彼だ。活動の原動力は彼だ。だったら、ごみ拾いしていなくたって野口健は清掃登山している、富士清掃しているといってもいいではないか。それを確信した。
 
 そんなことを言っていたら、岐阜城を作った織田信長は自分が大工になってカンナをかけて釘をうって城をつくらなければならない。誰もが岐阜城は織田信長が作った、というではないか。それと一緒。ごみを拾わなければ、ごみ拾いをしていますと公言できないなら、それはヒガミ根性以外のなにものでもない。

 ところで、私は趣味は?と聞かれると、時々「自分の限界にチャレンジすること」と言うことがある。野口健の本にこう書いてあった。
 『登山についていえば、趣味として今日のような登山スタイルを確立したのはヨーロッパ、なかでもイギリスの貴族クラス。限界に挑戦することにロマンを感じ、あちこちに探検や冒険に出かける』とあった。
 ウヒヒ、そうか。俺はイギリスの貴族クラスと精神構造は同じか!?・・・。

NHKクローズアップ現代

 23日の放送予定、どんな内容なのかとNHKのホームページで確認してみた。そしたら次のような内容だった。NHKのホームページ
 どんな内容に仕上がったのだろう。昨日も、イムジャの問い合わせがKO大学にあり、私にKO経由で質問が・・・。昨日は忙しくて回答できなかった。先ほど返事をしたが、果たして編集作業に間に合ったのか?

NHK放送日

NHK 私たちの取り組みがNHKで紹介される日程が明らかになった。6月23日午後7:30-8:00の「クローズアップ現代」。おそらく洞爺湖サミットが近づいてきたので環境問題、とくに地球温暖化、その中のヒマラヤ氷河湖という中での位置づけだと思う。つまり、私たちの取り組みを放送するのがメインではないということ。NHKスタッフとは四六時中一緒だったから、どんな映像がでてくるのかドキドキするにはする。写真は、イムジャ湖に運ぶ荷物が1トンを越えており、その配送責任者だった私が、NHKからインタビューを受けているところ(左の人)。

船 この写真は持っていった船をイムジャ湖に浮かべて航行しているところ。氷を砕きながら前に進んだが、前進ができなくなったところで、バックさせているショット。この船以外に2つのゴムボートを持っていったが(35キロ超える)、それぞれは次回の遠征のときにと、イムジャにもっとも近い村、チュクンのロッジに預けてきた。

 船外機が酸素の薄い現地で動くかどうか、冒険だったが、ホンダが改良してくれた船外機は馬力は落ちるが安定していた。
船2

もしかしたら・・・。

 ここ4ヶ月位、新しい生活のリズムを作るべく一日二食の生活をしている。朝多めに食べて、夜少し食べる。そういった食生活だ。昔の人(江戸時代くらい)は百姓をしていても一日二食だったそうだし、ネパールの過激な労働をするポーターも一日二食だ。一日三食なんていうのは、人間の歴史でみたら、ごく僅かの国で、しかもごく最近の出来事だろう。そう思う。

 とはいえ、5時ごろになると腹が減る。だから最近は、仕事場を職場から家に切り替えるため、6時半には家路につく。
 今日、家につくころ、空は薄暗くなりかけていた。しかし、是非顔をだしたいところがある。農場だ。二リットルのペットボトルを二本をもってトワイライト・ファーミング。

 あの風前のともし火状態のトウモロコシ、どうなっているだろう。ドキドキして農場に近づいた。薄暗くなっていたので葉の色艶はわからなかったが、もしかしたら13本のうち10本はなんとか持ちこたえてくれるかも!?なんだか根はかっ着したようにも見える。「メレデーヌ」のおかげか?

 ささやかな望みが出てきた。