究極だった・・・。

 岐阜は繊維の街として知られている。最近は輸入物にやられているようだが、いまも繊維、とくに縫製が盛んだ。縫製工場も郊外のあちこちに見られる。ちょっと前まで、岐阜と美濃の間にある武芸川のスーパー周辺では、集団で自転車にのって買い物にくる中国人らしき娘さんご一行をよく見かけた。もちろん、いまも見かける。ところが、最近は岐阜市の市街地でも、カルガモ親子のように自転車で一列編隊を組んでいどうする、中国人の娘さんご一行を見かけるようになった。どうして中国人と思うのだろうか、自分で自分に自問する。服装?髪型?自転車の編隊の組み方?それとも自転車のスピード?いやいや、アイホンなどの小道具を持つことないシンプルないでたちが彼女たちを中国人と思わせるのか?

 カンフー好きの私である。あの中国の娘さんたちに、もちろん、声などかける勇気はないが、こころの中ではエールを送っている。どんな事情があるのか、それはわからない。しかし、とにかくこの異国に来てがんばっているように思う。私の知り合いの縫製工場の経営者がいっていた。彼女たちは本当によく働くと。休みの日なのに、働かせてくれと・・・。少々賃金が安くても、自国での働きの20日分くらいの自給となるので、喜んで働くと・・・。(しかし、研修制度を利用して低賃金労働を強いる日本人がいるということで、最低賃金が示され、それによってその経営者は憤慨していた・・・)。お金をためて自国に帰り、親を楽させるために、貰ったお金も無駄遣いせず貯めている。ほんと、あの娘達はしっかりしている。縫製工場の経営者は感心しきりだ。

 さて、日曜日岐阜市街地を車で移動していたときのこと。ちょっとした住宅街。家と家との間には昔の畑の名残なのか、いまでこそ耕作されていないが、家にも駐車場にもなっていない家一戸分の土地があった。そこには丈が10cmくらいのいくつかの種類の草が生えていた。その土地の脇に、二台の自転車が止めてある。その主はおそらく中国人の娘さんだ。二人は、まるで茶摘をする娘さんのように、お互い向かい合い、中腰でおしゃべりしながら草をむしっていた。というか、草を収穫していた。手には、厳選された雑草が。

 なるほど、彼女たちの節約もここまで来たか。先日、自分の畑の食材でてんぷらをつくり、買った食材はたまねぎだけで喜んでいたが、まだまだ甘かった。雑草を見分ける眼力は私にはないが、参考になった。いざというときの発想につながる。究極のサバイバルだ。
 
 新聞報道などで、遭難についた記事を読むことがあるが、記者の中には、「この3日間、500mlのポットのお湯で乾きをしのいだ」だとか「渇きを、沢の水でしのいだ」だとか、つまらん記事を書く者がいる。きっと彼らは山に登ったことがないのだろう。そんなもん、3日を500ミリリットルだけの水で我慢できるわけがない。そんなことに苦しむくらいなら、沢の水を飲んで水に事欠くわけはない。しかし、彼らには「沢の水を飲む」のは勇気が必要なことでタブーに近い。よっぽどの特殊な環境化におかれたときに、仕方なくやってしまうこと。そんな認識なのだろう。そんな記事が氾濫している日本の”おかしさ”に頭に来る。

 しかし、私。水については「そんなもん飲むワイ」と軽くいえるが、食い物についての認識は「水についてコメントする記者並」なのかもしれない。スパーで食料が変えなくなった、または遭難して食料が尽きた、などしたら・・・。困る・・・。飢えに苦しむかもしれない。しかし、先日、中国娘たちの行動を目撃した。これからは、この雑草、卵と一緒にいためたら食えるかなぁ~くらいの発想で眺めてみることにしようと思う。備えあれば憂いなし。大地震で食料供給が途絶えたとしても、長良川の魚と雑草で数日は、のんびりと過ごせる余裕を目指そうと思う。

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