月別アーカイブ: 2009年4月

ゴールデンウィークに向けて

5a59551b.jpgもうここ5年くらいゴールデンウィークは、泥ウィークのような状態になっている。昨年はヒマラヤ。二年・三年・四年前は森林調査に明け暮れた。さて、今年は?

どうやら森林調査か衛星画像解析になりそうだ。研究を依頼されていることがあり、それをこなすには、まとまった時間がほしい。となると休みを使うしかないからだ。

そんなことで、土曜日はこれから始まる大戦争のための新しいパソコンを組み立てていた。E大学の師匠にインドネシアの解析のためのツールとして買ってもらったパソコンパーツを組み立てる。

これで、どうだろう。いま職場に6台のパソコン。家には3台のパソコン。そして二台のノートパソコン。いかん、もう今何処にどのデータがあるのか、そろそろ分からなくなってきた。本当は新しいパソコンを組み立てる前に、データの整理をしなければいけないのに・・・。

やっぱりそうか

先日のサツキマスの話、昨日、職場を尋ねてくれた長良川をよく知る方がいっていた。長良川漁協によれば、今年は例年より遡上が多い、ということだった。
しかも、その人がいうにはちょうど岐阜市から美濃あたりまで来ていて、一昨日の雨で水が出たから、それを利用してさらに遡上してきただろう。
サツキマスとは
http://www.medaka.info/satuki.html

のような魚らしいが、なんとしても見たい!
明日は雨らしいし、あっというまに彼らが通過する。
どうやって釣ったらいいんだ!!!

花粉症の恐怖

私は現代人というより、前近代人だと思う。もちろん、この時代にあって思想もそうだとは思うが、それ以上に体が、である。何を食べても好き嫌いはない。目も最近まで1.5以上はあった。野外生活も苦ではないし、不便な生活がこの上なく楽しい。ただ、胃腸が弱いのと、汗かきゆえ風邪を引きやすい。従って、現代でなければ、おそらく幼少の頃、すでに命果てていたのではないだろうかと思っている。

生きる死ぬかはともかくとして、体質は前近代的。そんな自分だから「花粉症」というのは、宇宙の話、と思うくらいのことだった。なんてったって症状は何一つないしね。もしも、花粉が消化できるなら、空気吸っているだけで腹が膨れて便利でいいワイと思っているくらい。

さて、昨日農園にいった帰りのことだ。いつものように走って帰ってきた。12時着。順調、順調。そして思わず、2時から3時の間に昼寝をした。昼寝から目覚めた。起き上がる。その刹那、まるで鼻の奥の鼻毛を抜いたとき、鼻の穴がくすぐったくなりクシャミをする、あの間隔で大きなくしゃみが出た。それも続けて何回も・・・。まるでマンガでコショーを振りかけられたときのような。ハクション大魔王が出てくるかと思うほど。しかし、ハクション大魔王が出てこずに、出てきたものは鼻水だ。しかも、滝のような鼻水。止まらない。

なんだぁこれは。鼻紙をとる手も止まらない。1分間くらいで、くしゃみは治ったが鼻水が止まらない。

中学の頃ね理科の時間、「物質は全て分子でできている」と話を聞いたとき、私は先生に質問した。「鼻水の分子はなにでできているのですか」と。それを知りたかった理由は、鼻水の分子のもととなる食物を食べなければ、風邪を引いても鼻水がでないだろうと思ったからだ。

さておき。鼻水は止まらない。思い当たるのは、花粉症だ。そして、戦時中、召集令状がきた若者の気持ちとは、こんなものだったのかと思った。とうとう花粉症。あー、商売あがったりだ。そういえば、ここ2週間、目がくすぐったいというか、乾いているというか・・・、変な感じがしていた。そうかぁ、花粉症だったのか。

花粉症となると、花粉の季節はジョギングもできない。水泳だけかぁ・・・。私は目の前が暗くなった。

そうこうしているうちに、みかん箱の3分の1くらいの量の鼻紙がたまっていた。だめだ・・・。明日、車検に車を出しにいったついでに、遠回りして走って帰ってこようとおもったが、もうだめだ。あきらめた。

そして夜。鼻が詰まりすぎてしばらく寝ることができなかった。そうかぁ、花粉症のひとはこんなに苦しいのか。そして、知らないうちに眠りについた。

朝起きた。風邪引いて鼻がでるときもそうだが、寝ている限り、起きたときは鼻が通っている。起き上がるようになると、また鼻水が蛇口をひねったようにとめどなく流れる。そこで、昨夜原稿書きで寝たのは3時だったが、すでに8時には目が覚めてしまったので、コタツに横になりサンデーモーニング・サンジャポを見た。鼻水の様子見だ。んんん、コタツに横になっているせいだろうか、鼻は少し痒いが、鼻をかむ頻度が30分に一回くらい。今日は調子がいいのか?いや違うだろう。家の窓を閉めているから、花粉が入ってこないのだろう。

ちょっと冒険してみた。マンション住人の朝ごはん、または昼ごはんのメニューを当てようとするような感じになったが、ベランダで鼻をクンクンさせて、花粉を思いっきり吸い込む冒険に出た。あれぇ、鼻は痒いが、鼻水がドバーっとでるわけではなさそうだ。

そして、昼。1時が過ぎ、2時が過ぎる。調子が上がってきた。鼻水が出てこない。

車検に車を出しにいった。鼻水はでない。そして11キロ走って帰ってきた。調子はいい。鼻水は止まった。

どうやら、あの鼻水、召集令状ではなかったようだ。

しかし、あれはなんだ。一晩、滝のような鼻水がでたのは・・・。

もしかしたら、昨日は鼻水をつくっている分子を大量に摂取してしまったのだろうか。それとも、体から鼻水をつくる分子が出尽くしてしまったのか。よくは分からないが、ひとまずほっとしている。

高校生が使う教科書

そんなつもりは本人にはないと思うが、結果的に場面場面で私を表舞台に出してくれる人がいる。KO大学のF先生、E大学のS先生のような全てをよく知る人ではなく、仕事上知り合った(といっても彼は、手が届かぬ重鎮)方である。S大学のK先生だ。

そんな彼が私をまた、表に連れ出してくれた。高校生のつかう教科書で「森林境界測量」の部分をを執筆してくれないかということだった。彼は、教科書編集者から「リモートセンシングとGIS」の担当を依頼され、S先生はその部分に「森林境界測量」を加えたく私に声をかけてくれた。たかだか、30文字×12行なので、造作もない量だ。図は本文と口絵の二箇所。360文字なら、誰だって書ける内容にしかならなく私でなくてもいいのだが・・・。うーん、狙いは図と口絵なんだろうなぁ・・・と思いつつ、ありがたい仕事と感謝。

いつものように、締め切り直前まで「あーしよう、こーしよう」「あれを書こうか、これも書こうか」・・・。悶々とすごしていた。そして締め切りがやってきた。

イメージ通りのことを書こうと思うと、「言葉の定義」「林業の疲弊」「専門用語」「・・・」、少なくとも2000字くらいは必要だろう。しかし、これが「大学生教科書」や「学会」「論文」「委員会」などで書く文章と違うところは、「高校生が明るい未来を描き、将来頑張ろう」と思えるものでなければいけなく、また、もしかしたら私がやっていたように「教科書にマーカーで線を引っ張ったり」、挙句の果てには「テストで穴埋め問題」として出る可能性も考慮せねばいけないところだ。

このブログで誤字脱字が多い私だが、ここは慎重に・・・。

出来上がった文章を読めば読むほど、「誰が書いても同じ内容」になってしまったが、高校生が未来を描けるものになったのではないかと自賛する。

しかし・・・、森林のCG、衛星画像利用のビジネスモデル、レーザープロファイラー、そして森林境界測量。いったい私の専門性というのはあるのだろうか・・・。きっとどれもこれも中途半端なのだろうと自覚しつつ、今後も狭い範囲にとどまることはなくアグレッシブに活動しようと思う。

なお、現在CGについては「実解析」するために「森林のモデル化」のパラメーターを探すための情報収集につとめているところだ。一息つけば、CGをグンと進める予定だ。

今週の長良川

毎日長良川を見ながら生活している。この季節、気になることがある。それはサツキマスだ。サツキマスは、アマゴ(ヤマメ)が山から海に出て、そして産卵のために山にもどってきたときの状態の魚をいう。姿・形はシャケのような魚。山ではせいぜい20cmのアマゴも海に出ると50cm(たぶん)くらいに大きさになり、アゴも出っ張り、まさにシャケになる。昔はいろんなところにもいたようだが、いまでは長良川とその他数本の川に生息するだけ。この話を知ったとき、同じアマゴも海にでるのか、出ないのかで姿・形が大きく変るというその話に、いたく感心したものだ。人間も同じかなぁ・・・などと。

実は、もう20年も長良川に通っているが、私にとって幻の魚、サツキマス。4-5月に海から上がってくるため、年中いるわけではない。しかも、いつごろ、どこを通過するのか皆目検討がつかない。夏の山の川で「らしき魚影」を発見したことはあるが、「間違いない!」と断言するにはちょっと・・・。

さて、そんなサツキマスと関係があるのだろうか。今週あたりから岐阜市あたりで釣竿をたれている人を割りと見かけるようになった。もしかしてサツキマス?ならば、今年こそは偏光グラスを入手し、照り返しのきつい川面の奥の魚影を観察してやろう・・・。・・・。などと、通勤途中に妄想していたら、バイクの方向指示器を消すのを忘れ、後ろの車に迷惑をかけていた。

レッドクリフ

昨日は一日中、講義をしていた。さすがに一日しゃべり続けるとなるとしんどかった。自分へのご褒美で、昨晩映画を見てきた。レッドクリフだ。

レッドクリフ1では、「さぁ、これからクライマックスだ!」というまさにそのとき、続きは、「来年の春!」という終わり方をして多少ストレスを感じた。また三国志の脚本も私が知っている「人形劇三国志」「吉川栄治 三国志」「横光利一 マンガ三国志」での出来事と違っていて、「こんなの俺の知っている三国志ではない!」と少し寂しかった。

しかし、レッドクリフ2は「面白かった」。自分が知っている三国志と違うからこそ「あとから、なんどでも反芻して、どうしてあの場面で・・・」といろいろ妄想でき面白かった。

また、歳を重ねてきたからなのか、最近時代物を読んだり見たりすると、なんともいえない気分がする。

たとえば、赤壁の戦いの風向きを描いたシーン。孫権・劉備連合軍の作戦会議のとき、風音が聞こえ、木の枝が揺れる。孔明が振り向く。このシーンを見たときに、あぁ、まさに今から2000年近く前にこんな情景があったのだろうなぁ~などと思うと、タイムマシンに乗って歴史の転換点をこの目で目撃したような気分になる。昔はこんなことはなかった。映画は映画。小説は小説。マンガはマンガ。しかし、最近は「心が入りすぎる」のか、映画の中にも、小説の中にも、マンガの中にも、傍観者として物語の空気を感じてしまう。これが歳をとるということか・・・。

また、日本がやっとこさ、弥生時代から古代国家建設に動き始めていたまさにそのとき、一方では「孫子の兵法」がすでにあらわされ、虚虚実実の駆け引きの中、組織的な大戦争がおきていたのだと思うと、これまた感慨深い。そりゃぁ、中国・朝鮮から当時の日本にやってくれば「すごい文明人」だったはずだ。かたや戦闘のための武器の開発も刀・槍・弓矢を含め日本の戦国時代並みのものがあろうときに、日本では青銅器の剣。そりゃ切れ味も違うだろう。

なんとも人類の英知は奥深く、人の営みは短いようでとてつもなく長い。どんなに自分ひとりで頑張ったところで、人類の英知の、誤差範囲くらいしか分からないまま生涯を終えるんだなぁ。

なーーーんてことを考えながら、昨晩は満足して家に帰った。レッドクリフは1よりも2のほうが断然面白かった。

サイパン3

b5254274.jpgサイパンのことを書こうと思ってもなかなか筆が進まない。あまりにも複雑だからとこから書き始めていいの迷っている。

さて、ルポルタージュという本は、作家が取材をして、あたかも小説のように出来事を叙述するノンフィクションの書き物だ。『日本領サイパン』はよく出来たルポルタージュで、あたかも自分のとなりにその人たちがいたような気持ちにさせてしまう。

取材をもとに当時の会話を復元させて、状況描写も劇的で・・・。改めて考えると、取材だけでは、そのような「言い回し」「表現」はできないだろうから、かなり作家の思い込みの会話になっているだろうなぁというところも数々ある。回想によって表現される会話ならともかく。たとえばこうだ。
『「ご苦労様でございます。閣下、おいそがしいんでございましょ」
と腰を低くして尋ねた。南雲は、
「ああ、ああ、よく来てくれた。副官からよく聞いている」
と気さくな調子で応じた。
「大変な仕事だろうが、物の配給というのは十分にやってもらわんとなぁ」
「はい、本気になってやっております。一切は南洋庁の指示を受けまして、そのとおりに動いております。何か御用のものがございましたら、いつでもご用立て致しますから、お知らせください」
二度目に尋ねたときには南雲のほうから、
「きみぃ山形だてなぁ」
と話しかけてきた

という具合に、取材からはこんな表現は拾えないだろうから、「半ば創作」と思われる部分もあるが、そんなのを割り引いてもあの本は強烈だった。

特にサイパンがドイツから日本領に変ってから、一万日をかけてゼロの熱帯ジャングルから、開発、繁栄していった過程。その後、第二次大戦が勃発し(本を読んでいたら、第二次世界大戦というよりも太平洋戦争という理解が、日本の戦争を言い当てていると思った」サイパン南部に上陸した米軍が、その後北へ北へと、日本軍と戦闘を交えながら北上していく。その中で、緻密に歴史には残ることが少ない、民衆の動きを描写しているその本。とかく戦争の歴史は政治家と軍人の視点で語られることが多い。しかし、その本を読むことで歴史に残ることが少ない、戦争に翻弄された商人の戦中記で、彼らの苦労を知った。常夏の楽園というサイパンにあって、戦争に蹂躙された彼らを大いに偲びたくなった。特に、米軍の北上でジャングルを逃げ惑う民衆の苦難は想像を絶する。

さて、本題。そこで今年のサイパンは何をしに行ったのか。
ジャングルを逃げ惑った当時の人々の苦労を理解するために、アメリカ軍上陸地点から日本人玉砕の地となったサイパン最北端の岬まで、総延長30キロくらいを走りぬけたくて、サイパンに行ったのだ。
ただ、昨年、中間の10キロはすでに走っているので今回は対象外(割と道路事情が悪くて危なかったので今回は割愛)。
南10キロと北10キロを走ろうと思ったのだ。

しかし、問題は10キロ移動しようと思うと、それは往復すれば20キロである。しかたなく、南10キロを走るために20キロ走ることを受け入れた。そして走った。激戦の後があちこちに・・・。海の中に戦車が朽ちているし、道端にも戦車・・・。書物によれば、血でそまった白い砂浜。いまではやしの木の木陰が延々とつづくサイクリングロード。しかし、確実に50年以上前、この地を恐怖で北上を続けた民衆がいた。

平和な世にうまれて本当によかったと実感する。

今年の大河ドラマ

篤姫につづき、今年も大河ドラマを欠かさず見ている。天地人。

麻生総理風にいえば「いかがなものか・・・」と思うに至った。

人一人の人生はドラマだとおもう。これはその通り。しかし、そのドラマが時代を超えて普遍的か、時代の変革点となりえているか、それが後々、「語り継がれるドラマ」になるかの違いだろう。語り継がれるドラマが「大河ドラマ」。私はそう位置づけている。源氏と平家、室町幕府と朝廷、戦国時代の道三・信長・秀吉・家康。元禄文化に吉宗。幕末。時代変革スピード感と方向転換の激しさ・・・。これが非日常だからひきつけられる。

天地人。カネツグ。・・・残念ながら知らなかった。しかし、もう何回も焼きまわしに同じ次代を作り変えている大河ドラマだから、マイナーな人に視点を集めるのも、これも時代か・・・。そう思って我慢して視ていた。

しかし、とうとう一月前、耐え切れずNHKにメールした。理由は「北斗の七星」といっているときに流れた背景の夜空が「さそり座」だったからだ。「NHKしっかりしろよ!」とメールしたのだ。

その後も、我慢してみているが、先週とうとう我慢の限界一歩手前。私は脚本に問題があると直感した。そして、その脚本は「女性」が書いているのではないかと。それで、調べてみた。やっぱり女性が脚本を書いていた。1つのことを主張したいがために、他の事象をおざなりにしている。義や仁、礼や考・忠の考え方からはみ出すぎて、目の前のことに盲目となっている。男の世界観ではないと思った。しかし、脚本家のその日暮らしの世界観の見せ掛けの小ささを、役者の演技でお茶を濁す。昼のドラマならいざ知らず、普遍的な、時代の変革点のドラマであってほしい大河ドラマとしては由々しき脚本。そして演出。今日も、鼻につく展開があった。

こいつは、1つそのうち原作に当たって脚本家の「考え違い」を調べてみたい。そう思った。

12インチダッチオーブン

takibi2今日はじめて12インチのダッチオーブンを使った。晩飯代わりのピザを焼いたのだ。家の裏の長良川の川原に下りて流木を集め、焚き火を起こし、いざ。昨日・今日は乾燥注意報で流木もえらく乾きすぐに火がつく。
さらに、先日の大雨で流木も川原のあちこちに。なんの苦労もなく流木を集められた。

piza さて、ピザ。焼いてみたが、これがうまかった。家のオーブンではとてもこうはならん。カリカリの生地に仕上がった。これは手軽でいい。

昨年の今ごろ

詳しい日程はよく分からないが、昨年の今頃、ヒマラヤに出かけた。結果、一月ちかく日本を離れた。あれから、もう一年たった。昨年度を振り返ると、ヒマラヤ・夏のGRASSソフト・秋から冬の「森林CG」。大学1年生より私の人生は振り返れば、あの歳自分が何に燃えていたのか思い出せるから面白い。

さて、今年度は何に燃えるのだろうか。ちょうど、一週間前に突然「5月か6月にイムジャ(ヒマラヤの前回・前々回の調査地点)に行けるか?」といわれた。一瞬、5000mの風景と、そこに集う純真で一生懸命に生きるシェルパの皆の顔が浮かんだ。こころはイムジャに・・・。しかし、5・6月は無理だ。お断りした。

今のところ、夏に「インドネシア」の調査に参加する予定はほぼ確実だ。またアフリカも予定に入れている。一方、6月までは国内で燃えなければならない仕事もある。

また、学生を連れて美濃から海まで長良川を近々下りたいとも思っている。

さらにはダッチオーブンのレパートリーを増やしたいとも考えている。あー、季節が終わる前に潮干狩りに行きたい・・・。

なんだかやりたいことが一杯ありすぎて、「できない」ことも沢山出てきそうだ。しかし、まぁいい。とにかく「燃えていた」ことを実感できる時を日々過ごしていれば、達成できなくても悔いはない。

といいつつ、目の前の多くのやらなければならないことを目の前にした今、具体的な行動を起こせず、テレビを見ながら家の中で身動きとれずにいる、今日この頃。
(もちろん、金華山登山とジョギングは週末の日課になっているので、やるにはやるが・・・)