月別アーカイブ: 2009年7月

川くだり

menber今日、カヌー部員(ラフト部?)は授業後、長良川に向かった。初めての彼らだけの川くだり。といっても大きな瀬が1本あるだけで、下る区間は500mくらい。しかし、価値ある一歩だ。

18日には安全講習会を開催予定。

カヌー部の予定として、今年は10月の大会に初エントリー。頑張れ!(私は仕事で川くだりしている時間がないが・・・)

kudari

朝方

目の前に迫った締め切りが3つある。どうしても集中しようとすると、夜更かししてしまう。しかし一念発起。特に訳があるわけではないが、いまらか9月ごろまで朝方に変えようとおもう。最近、なんども朝方に変えようとおもったが、たとえ前日早く寝たとしても、7時までは寝てしまう。朝早起きして金華山に上ろうとおもっていたにもかかわらずだ・・・。

こんな意志薄弱状態ではだめだ。私らしくない!えーーーい、朝方に変えるのだ!そうおもって昨日は、10時に寝てみた。

そして5時。目がさめる。ここでまぶたを閉じたら最後。目がしっかり開かないまま、新聞を取りにいこうと外にでる。
「あ~なんていい風なんだぁ~」

ようし、やはりこれは毎日、早起きするようにしよう。
締め切り前の仕事も、人生初になるが、朝から取り掛かるように体をチューニングしていこうとおもう。

誕生

e524f270.JPGゴーヤが刈り取られた場所にとりあえず「ゴーヤを育てていました」という看板を昨日つけた。生き残った1本のゴーヤには「ゴーヤを育てています」という看板をつくる。

さて、今朝、「育てていました」看板を見ると、蝉が孵化した殻があった。
昨日の今日である。蝉さんよくわかったねぇと、ほほえましいが、蝉にあざ笑われたような気がしないでもない。

まぁでも、見事に私の看板で孵化してくれた!ありがとう蝉さん。

ギャーァァァーーー

生き残り 
 昨日、家のインターネット回線を光回線に変える工事があった。そのため、職場を休んで家で工事に立ち会った。

一日ぶりに職場に出かけてみる。ゴーヤは大きくなったかなぁ。昨日一日留守にしてごめんよ・・・。などと思いながら戸をあけた。すると目に飛び込んできたのは草を刈った後。まさか、明らかにゴーヤと思える苗が4本。しかも、支え棒もあったにもかかわらず、掃除のオジサンに無残にもやられた。
次に目に飛び込んできたのは、私が「種」から植えて発芽に一喜一憂していた「手塩にかけたゴーヤの芽」が、石をよけてゴーヤを植えたのだが、よけた石が戻されて、ゴーヤをふさいでいる。雪崩に巻き込まれた人を一刻も早く掘り返すように、ゴーヤを覆う石をよける。でてきたのはゴーヤの切られた葉・・・。
唯一、一本だけ、茎が折れながらも命をつないでいた。

まさかと思っていたが、まさかだった。

一日、たった一日目を離したら、掃除のおじさんが「今日はお休みみたいだから、草刈機のエンジン音も迷惑にならないから」と気を使ってくれたのだとおもうが・・・。それがアダになった。

しょぼん。
残された一本とこの夏をすごすことになった。

唯一

長髪再び?

もうここ8年くらい、私は坊主頭だ。

あれは7年前の秋の日だった。

もう髪の毛が少なくなったといえども、手で髪をすいたとき、指と指との間に流れる髪・・・。そんな感覚も、残りの人生で今日が最後だ。また、人前で恥ずかしい思いをしたとき、デコを覆う髪が紅潮した顔を隠し、恥ずかしさをごかませた。もう、これからはそんなごまかしはきかない。・・・。家から床屋に歩いていく間、日が落ちるのが早くなった秋の日の夕、空を仰いで、明日からの毎日をシミュレーションしていた。

「今日はどんな髪にしますか」
「坊主・・・。5厘お願いします」
「えっ、坊主ですか。坊主でいいんですね」
この親父、恥ずかしいことを何回も言わせるなよと思いながら
床屋の親父のバリカンに頭をゆだねる。

あれからもう8年たった。もちろん、指を流れる髪の感覚をあじわうことは二度と来ていない。また、なにがあろうが、生身の頭と顔である。自分の気持ちを100%そのまま頭皮と表情が表す。そうして生きていた。

ところが、ここ2週間くらい懐かしい感覚が・・・。

長髪で眉毛を前髪が覆うぐらい長いとき、そう、紅潮したデコを髪が覆っていたころ、髪の数本が視界に入ることもあった。そんなときは、髪をしたから上にすいて、視界の髪を追いやる。あの感覚があるときがある。

もちろん、いまでは髪をすくことはできない。が、どうやら一本、髪が視界にはいるときがあるのだ。あーーー、もう一生めぐり合うことはないと思ったあの感覚。ようこそ!

週に一回はバリカンを通している頭髪も、まさか、なんども刈られる危機を乗り越えて、10cm近くに伸びたのか?などと一瞬思う。しかし、そんなことは、ふさふさの髪がもどるよりも確率が低いことだ。まぁ、ゴミが睫毛についたのだろう。・・・と数日やり過ごしていた。それが違っていた。

犯人は、眉毛だった。眉毛が西郷隆盛のような長い眉毛が一本、出てきたのだ。これは喜んでいいのか・・・。確かに、歳をとるごとに眉毛は薄くなり、私の眉毛は、いまでは立派な公家眉毛だ。そんな眉毛に、野武士のような荒々しい眉毛が!・・・しかし、一本。

耳や眉毛は、若い頃には毛穴の世代交代も早いため、それらはある一定の長さになると抜け落ちるらしい。ところが、歳をとると、世代交代するエネルギーさえない毛穴は、世代交代をしないで、そのまま毛を伸ばしつづける。そのため、歳をとるとコウテイペンギンのような眉毛の人が出てくる、という話を聞いたことがある。

つまり、私のあの懐かしい感覚のぬか喜びは、老化の印。はて、喜んでいいものか、悲しむべきか。願わくば、老化でもいいので、公家眉毛を何とかしてくれるくらい全ての眉毛が伸びるといいのだが・・・。今はただ、毎日、その眉毛を親指と人差し指でつまんで、指の腹で流れる睫毛の感触を実感している。

表現

7a7b57aa.JPGほとんど一年ぶりに一眼レフのデジカメを引っ張りだした。キャノンEOS KISS デジタルというやつだ。レンズはいろいろ、知らないうちにそろってしまった。12-24mmの広角ズーム、28mm-72mmのズーム、50mmの短焦点、28-200のズーム、200mmの短焦点。

携帯でとる写真があまりにショボく。オリンパスの防水カメラで撮る写真もあまりにもショボい(すぐに電池がなくなるので電源がおかしいのではないかと修理に出したが、問題ないと返事が来た、おそまつなメーカー品)。

ガンバルゴーヤの一瞬を歴史に残そうと、ショボイカメラはやめて、まぁまともなカメラで写真を撮る。レンズは、持っているレンズの中でも一番、安い普及品の28-200のズームレンズ。

しかし、どうだろう。カメラが違うと同じゴーヤでもこんなに違う。

さすが一眼レフ。

さて、カヌーやラフティングでも、こんなまともな写真で一度取ってみたい。(濡れるのが怖いのでやめているが)

ささやかな喜び

ゴーヤ 先日職場にまいたゴーヤの種。でてきた、でてきた。一時はどうなるかと思ったが、土曜日に職場で「ん?なんだこれは」という芽がでていたが、そいつが、今日の朝立派なゴーヤの芽になっていた。発芽まで一週間以上かかった。一時は、見慣れない芽をゴーヤと思い込んでいたが、そいつは雑草。いまやっと胸をはって「ゴーヤ!」と叫べる芽が出てきた。しかも、そのゴーヤ、友達を連れて地上に出てきてくれた。1、2、3、4。おーーー、全部で5本の芽がでているではないか!ここからしっかり葉を出し、ツルを巻き、恥ずかしくない丈夫なゴーヤにするためには、痩せだ大地だ、しっかり肥料をやらねば。まずは、化学肥料でドーピングだ。

さて、そんなことをしている間に、岐阜市で借りた農園では土曜日に、トマト・ナス・ピーマンの初収穫。借りた農園の土壌が悪かったために、ほかの農園と比べて背丈が低いが、なんとか収穫できるようにはなっている。

ところで、TOSSAN!サツマイモの茎を何本かくださいませんか?時期が送れて、もうサツマイモの苗が、どこを探しても岐阜市では売っていないなくて・・・。

収穫3

川のイベントが終わった

今日は7月5日。ここ二週間、このイベントに参加するために学生をトレーニングしてきた。もちろん、川くだりの話。そのイベントも今日で終了した。そのため、私の勤務時間が終わるや否や長良川、という生活も終了。これからは、教育と研究に照準を定めた毎日が始まる。

イベント終了後、近所の喫茶店でこれからのカヌー部を話しあう。
その結果、
●月・水・木は部活の日。
●部費は3000円。二艇ある私のラフトのうち一艇は学生たちが部費を集めて買い取る。
●先輩たちにラフト購入作戦のカンパを求める。
●先輩たちともラフトを楽しめるように、ブログまたは掲示板によって、川に出る日を広報する。
そういった結果になった。

私は、もう毎回部活動の指導をすることはないが、ぜひ、まだくだり切れていない、木曽川のラインくだり、飛騨川の飛水峡・中山七里、紀伊半島の北山川、四国の吉野川、九州の球磨川、北海道の釧路川、増水した長良川などにチャレンジしたいと思う。

とは思うものの明日から頭と心を切り替えて、夏休み期間の自己パワーアップ計画を考えようと思う。それとともに、今年の夏は、梅雨明けが終わって盆前までの晴天率が高い間に、なんとか綺麗な星を観に行きたい!

病院の長い待ち時間で得たもの

今日、近所の病院に行ってきた。

昨日、行ければよかったが、昨日は仕事でいけなかった。明日こそは行くぞ!そうだ、病院の待ち時間も長くなることだから、朝一番で病院に行く!そう決めて昨晩床についた。

・・・が、朝いつもの時間に起きたのだが、今日は土曜日だからと、もう少し寝ることを選択。まぁ多少待ち時間が長くなっても・・・。

結局、9時に起きた。9時半に出ようと思ったが、さすがに「うっかりさん」である。診察券がない。20分探したが出てこない。あきらめて再発行することにして病院に出かける。

さて、何で病院に行ったのか?
2日前、足の踏み場もない勉強部屋で、電気が完全につく前、部屋に足を踏み入れてしまった。それがために、暗闇の中でトレーニング用のブロックを左足の薬指でもろにキック!もちろん、勝敗は知れたもの。足の指の負けである。40数年の人生、これまでも、家具や壁に足の指をぶつけることはあった。しかし、「んーーーーーん、イテェーーー」と5分くらいのた打ち回れば、痛みも癒えたが今度は違う。金曜日の朝、起きると指が紫に変色して、まるで凍傷にあって腐ってきた足の指のようだったのだ。しかも、靴を履いて歩くと痛い・・・。
ときどき、手の指の骨を折っても治療をしなかったために、指の形が曲がったままの状態の方を見かけることがある。この足の指、もし折れて曲がったままくっついては、ジョギングや登山に差し障るのではないかと思い、この腐りかけたような指の現状を知っておきたかった。これが病院にいった理由だ。

さて、寝坊+診察券さがしで大部遅くなった。病院に行く。もちろん、待ち時間は長い。それを想定して、診察券の変わりに文庫本を持っていった。沢木耕太郎の「彼らの流儀」だ。

沢木耕太郎の書く文章の静かだけれど力強い文章に改めて触れた。

中学のとき国語10段階評価2(もちろん、1が一番低い)をもらった私だが、大学を留年する頃から文章に興味を持つようになり、やがて「梅棹忠夫」「本多勝一」「沢木耕太郎」の書く文章にあこがれるようになった。

最近は、忙しさにかまけ「憧れの文章」を見失っていた怠惰な自分だったと、沢木の文章を読んで感じた。今日の長い待ち時間は、最近挫けていた「”ゆーが”」に気づかせてくれた重要な時間になった。

・・・と考えながら、あの足を指をぶつけた惨劇は、「貴重な気づき」をもたらす、伏線でもあり、代償でもあった。あの惨劇なくして、この無二の収穫。

などと、考えないことには、足の指の痛みが痛すぎるぅ~!

類は友を呼ぶ?

今日の夕方は、「イムジャ名古屋チーム一杯会」をした。
昨年の春にヒマラヤにいった東海地方出身の3名の情報交換の会だ。

先週、KO大学のF先生から9月にブータンにいけますか?という話があったので、いろいろ昨年の名古屋イムジャチームで情報を共有したいと思っていたので調度よかった。

ところで、私は「緻密に考える」ときがある一方、かなりの「うっかりさん」である。買い物に行っても財布を忘れることは日常茶飯事。また今年の3月のサイパンに行くときは、飛行機が飛ぶ時間を逆算していたにもかかわらず、職場に家のカギを忘れて、家に着いてから再度職場にいったり・・・(おかげで飛行機に理論的には乗れない状態になったが、なんとか頼み込んで飛行機に載せてもらった。まぁおかげで、エコノミーの席だったのがビジネスクラスの席になったが)。また、バイクで大阪に行ったとき、時間の読みを間違えたり・・・。ともかく「うっかりさん」なのだ。

さて、名古屋イムジャチームのCB大学のWさんだが、どうやら、彼もうっかりんのようだ。いまだかつてあったことがないほど「器用」な人物で、しっかりしていると思っていたが・・・。

今日、かれは大学で授業が一時間目からあったらしい。そして、その教室にいったら、学生がいない。また校内にも学生がやけに少ない・・・。不審におもったかれは、事務局に行った。すると事務局は大笑いだったそうだ。

CB大学では豚インフルエンザの学生が発生したため今日はすべての授業が休講になっている。事務局は「・・・でもW先生は、学校きちゃうんじゃないの?」と噂し合っていたらしい。すると、Wさんは案の定、学校に来て「どーして、学生いないの?」とききに来た。ということで、皆が顔を見合わせて笑ったとのこと。

なるほど。類は友を呼ぶとはこのことか。