回想 ブータン その1

特別な人が行くのだろう。秘境として気にはなっていたが自分には関係ない。そう思っていた国ブータン。様々な人物の思惑が錯綜する中、私は10日前確実にブータンで呼吸していた。あまりにも空気が乾燥して、鼻の穴・喉の奥・眼球の表面がパリパリとひび割れているのではと思うほど、首都ティンプー(標高2100mくらい)は乾ききっていた。その乾き・・・、不快だった。

ただ、業務命令に強引に背中を押され、不快な環境に放り込まれただけかと言えば、確実それはノーだった。

神々が鎮座していた標高8000mm峰に囲まれたヒマラヤ。電気もガスもない灼熱の赤道直下、川べりの掘っ立て小屋で1家族だけで生活を営むインドネシア漁民。貧富の格差が信じられなかったケニア。それらにまさるとも劣らぬショッキングな現実がブータンにはあった。

そのショッキングな出来事は前の3つと方向性がまったくことなるショックのように感じた。
そのショックを一言で表せば「モノサシが違う」だ。

いままで見てきた国は、豊かになるため、一生懸命貨幣経済での勝者になるべく、効率を求めて、低コストを求めていた。許容範囲をこえてトレッキング客を迎え入れたため、環境を壊しつつあったエベレスト海道。仲買人に買い叩かれ(?)ながら、なんとか現金収入を得て生活をする漁民。富める者が貧しいものをさらに貧しく・・・(?)。

ブータンは違って見えた。効率や合理とは別のものを大切にしているように感じた。その1つが建物だ。
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この建物は、ブータンの古都プナカの市庁舎のような機能をもった建物。完成はいつかは知らぬが古い。ブータンの市庁舎は全てこのような古風な城郭のようなスタイルだが、なかでも、このプナカの建物はひときは美しい建物だそうだ。日本で言えば姫路城か・・・。
圧倒的な迫力があった。驚きは、それがいまも使われていて街の中心的な建物だということだ。本物の姫路城で姫路市の政が行われるなんて、日本では考えられない。

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これは1992年に設立された大学の校舎。これまた古い。太い柱で手作り感があって・・・。写真のたてものは、学生寮。3人一部屋の相部屋を見せてもらった。まるで、京都の寺院のような建物だ。まるで歴史的建造物の中に量があるのだなぁ・・・。そう思っていたら、根本的に違っていた。この大学の建物は大学設立時の1992年の竣工。つまり古いと思った建物(手作り感があるし・・・)は、実は20年前のものだった。

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そして極めつけは、この建築現場。
この世には、合板というものがあり、工期だけを考えたら、大きな合板でパネルをつくり、コンクリートを流し込めばあっという間に壁もできあがる。しかし、日本でいう江戸時代か?と思えるような竹で天井や壁を支えながら、ボチボチ家を立てていく。新築現場のとなりには、古材がつまれ、古材にカンナをかけて新築現場でつかっている。
効率や合理を考えたら、あり得ない・・・。

この国は何がが大きく違う・・・。

1 thought on “回想 ブータン その1

  1. 春風接人。

    経済が右肩上がりで成長しないこれからの時代、経済軸ではない別の軸、・・社会的な軸?!でモノを見ていかないと、幸せが感じられなくなるのかな?!と思っています。でも、経済軸中心の中で生きて来たワタシのような人間には、なかなか難しいような・・・。ブータンは、経済軸以外の軸が大きい価値を占めているんでしょうか。そんな気がしました。

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