昨日、今日と広島に行ってきた。
今年の夏に広島でトークをしたのがキッカケで、再び声をかけていただいた。
仕事が終わって、仕事の場所と原爆ドームが隣接しているようだったので、帰りに10分くらいあるいて当地に行ってきた。
ビルの町並みの中に、このドームだけがぽっかり整備された状態で残っていた。
今月の初めに長崎に行った。長崎でとまったホテル周辺は、原子力爆弾が爆発したところらしい。しかし、町並みは広島とは違い、すっかり今の町並みに変わっていた。
広島と長崎は随分違うなぁ。
しかし、原子力爆弾に反対する核心はなんだろう。
20万人が亡くなった、巨大な兵器を問題視しているだろうか。なるほど、これなら原子力爆弾を反対する意味はある。
あるいは、一生被爆の苦しみから逃れられない。そして、被害者が多い。それを問題視しているのだろうか。なるほど、それなら原子力爆弾を反対する意味はある。
でも、その場合、戦争は肯定しているのだろうか。
原子力爆弾の問題よりも、戦争を問題解決の手段にすることのほうが
本当は問題であり、戦争が解消されれば、原子力爆弾の問題も必然的に解消されるのではないだろうか。
そうではないかと思う私は、原子力爆弾のみを取り上げて、世界を揺るがすムーブメントになっていることに、なにかアンバランス感を感じる。
まずは、戦争を問題可決の手段にするな!
が先ではないだろうか。
(いま、世界各地で戦争が発生していたりするし、戦争を国益のために仕掛ける国があるのに・・・)
原爆ドームを前に、そう思った。