テレビを見て感じた

 実り多き九州の調査。

 時に、趣味でいったと勘違いされる。私にとってはそれは仕事。けれども人によっては趣味とうらやましがる。その違いは何だろう。今日、そんなことを考えていた。
 違いは「感性」。そう結論した。同じものを見ても、食べても、大いに学ぶ人がいるが、学ばない人もいる。
 例えば、私は、チャーハンが好きだ。だから、うまいチャーハンを常々食いたいと思っている。そのため新規開拓の中華料理屋では、まずチャーハンを頼むことにしている。それで「うまい」「そうでない」を感じている。ここまでは誰でも同じこと。しかし私はそれにプラスして必ずやることがある。カウンター席があるばあいは、必ずカウンターにいってオヤジのチャーハンの作り方、調味料のタイミングと量と数などをチェックする。そして、でてきたチャーハンの味と作り方等を対比して、究極のチャーハン作りを考察する。単にチャーハンを食べるという行為でも、食べるという行為で完了する人もいるが、そうでない人もいる。同じものを体験しても学ぶタイプの人と、学ばないタイプの人がいる。

 今回の九州だって、確かに行ってみれば視察旅行とみえないわけでもない。各地を回って・・・。しかし、楽しみに行っているわけではない。職場で座って調べものをしているよりも学は多い。今回の一件で、大いに九州の林業や屋久島のエコツアーに対してうん蓄をたれるようになった。確かに、昨日の会議での私の発言は九州での経験を基にして「わりと重要な発言をした」と思う。しかし、人によっては、旅行(?)を楽しむしか感じられない人もいる。私は楽しみを求めて移動したという気持ちは一切ない(学んだ知見を人に説明すことがもしかしたら楽しみ鹿野かもしれない)、一日24時間、365日が全身の毛穴まで感性の扉を開いていた。

 今日、たまたま家に帰り、夜家での仕事をはじめる前に、ちょっとテレビを見てみた。TBSが長い間やっている「サスケ」という困難な障害物を制限時間内にクリアしながら体力・技術を競う番組だ。比較的、禁欲的で体力仕事がすきなわたしは単純にあの番組をたのしめる。しかし、今日は以外なところで感心した。それは何か?それは人間のすばらしさだ。

 はじめてみる未知の障害物で、それにはじめてのチャレンジャーは敗退する。まったくお呼びでないほどの敗退。しかし、それをばねに、半年か一年か・・・チャレンジャーは自分の出来なかった未知の障害物を乗り越える。未知だったものの攻略法を考え、トレーニングし、克服する。人間の能力のすばらしさに感嘆だ。ここが機械と違うところだ。そんなことをテレビを見ながら考えた。

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