空手歴、1年9ヶ月。シャバは甘くなかった。一回戦、完敗。
勝とう、勝つ、とは思っていなかったけれど、負けると悔しいものだ。
いつまで空手ができるかわからないけれど(仕事との兼ね合いで)、今後も精進が必要だ。
この2週間のおかげで、股関節がずーっと痛い。このまま体を痛めつければ、もう少し体も空手の姿勢になれるハズ。修練、修練。
空手歴、1年9ヶ月。シャバは甘くなかった。一回戦、完敗。
勝とう、勝つ、とは思っていなかったけれど、負けると悔しいものだ。
いつまで空手ができるかわからないけれど(仕事との兼ね合いで)、今後も精進が必要だ。
この2週間のおかげで、股関節がずーっと痛い。このまま体を痛めつければ、もう少し体も空手の姿勢になれるハズ。修練、修練。
明日、岐阜県の空手大会(型)に出場する。国体予選のあとの「マスターズ」の大会だ。空手歴、わずか2年に満たないが、運命のいたずら(?)で大会に出ることになった。それなりに自主練をしてはいるが、なかなか体は思うように動かない。昨日、あったセミプライベートレッスンでも、いまだ「基本の運足、サンチン」の形がとれていないと指摘を・・・。
あー、これが見よう見まねのカンフーアクションに憧れ、来る日も来る日も陸上部を抜け出し、体操部でアクション研究をしていた高校時代に指導を受けていれば・・・。今頃は黒帯でもしめて、香港のアクション映画に出ていたかも・・・。そんな歩めなかった「夢の人生」に思いを馳せながら現実に戻る。
うーー、なんでここでふらつくのか。なんでここで、形が変なのか・・・。
そんな私だが、「学歴偽証」ならぬ「帯色偽証」をすることに・・・。白帯で大会に出る人はいないから、黒帯で大会に出ましょう・・・。「えっ、そんな恥ずかしい・・・」。しかし、どうやらそーゆーものらしい。まぁ師匠がいいというなら、その偽証をいたしますが・・・。というわけで、とりあえずチープな黒帯を購入した。明日はその「なんちゃって黒帯」で出場。
坊主頭、黒帯。それだけ聞けば、強そうな感じだが、その実・・・。すべてナンチャッテの付け焼刃。
空手の大会が近づいている・・・。もう二週間をきった。ともかくできることは全てやる、そんな気持ちで師匠が対応してくださり、今日はいつもの稽古とはまったく別枠で、練習の機会を設けてくれた。対象はつぎの試合にでるメンバー。4名。
私は、6時からのその練習にでるため、はやばやと職場を引こうと思っていたが、やんごとなき用事が入り遅刻して7時半に道場入り。
道場に入ると、個別指導の現場を目撃した。なんと・・・、世界チャンピョンに個別指導を承けるありがたさ・・・。
今日の練習にはいつものメンバーとは異なる若者が1人いた。高校生で岐阜の空手の星。彼の演舞を見て強烈に感じた”若者のエネルギー”。その体のキレること、キレること・・・。オッサンにはどう考えても無理な力強い動き・・・。あー、俺ももう少し早く目覚めていたら・・・。
今頃はジャッキーチェンの映画に出ていたかも?
・・・なことないか・・・。
今日はじめて、昨年の3月に完成した職場の空手道場に行ってきた。この道場・・・、すごい!
鉄筋4階建て。1Fは剣道場+ロッカー。2Fは空手・少林寺・合気道・柔道の道場。3Fはバスケットコート+男性ロッカー、4Fは吹き抜け+女性ロッカー。ロッカーにはシャワーもある。
素晴らしい施設。授業料の賜物と感謝して使用させていただきた。ただ、問題が1つあった。私の足の裏がガムテープになったように、足の裏がホコリで真っ黒。いつか掃除してみよう!と思った。掃除をキッカケに学生と仲良く慣れるかな?あるいは、「おっさん、こんども掃除しとけよ」となるのかな・・・。ドキドキ。
空手の大会まであと二週間。
このところ大変忙しくなり、自主練習どころではない。・・・が、とりあえず稽古を休むわけにいかないので、昨日も稽古に行ってきた。
11日にはGPS講習会(2月の厳冬期乗鞍を休んだ代わりの講習会)が控えている。その準備のため、家から稽古場までの4キロを歩いて、写真を取りながら向かった。GPSと写真の管理を講習のプログラムに入れているからだ。
ともかく、最近(16日まで)はちょとシンドイので、なるべく時間を節約して2つ、3つのことは同時に進めないといけなさそう。
ともかく、大会は一日一日近づいてくる。
さて、今日。今日は職場の道場を初めて使わせていただくことになっている。いまから職場にいき、仕事をしながら昨日のインストラクターらと自主練習。さて、出かけるか。
来たる4月22日に、空手の試合に出ることにした。まずは”型”での勝負だ。
私が通っている空手はスポーツクラブのカルチャースクール。師匠は元世界チャンピョンだけれど、スポーツクラブが全日本空手道連盟に属していないので、昇級審査はないし、試合もない。
とはいっても・・・。
空手には様々な流派がある。←これは私は知っていた。そして流派にはそれぞれ会派というようなものもある。←これはあまり意識してなかった。そして、昇段・昇級や試合は会派内、流派内のものがある一方、全日本空手道連盟(全空連)が主催する昇段・昇級や試合もある。全空連の昇段・昇級はいろいろ厳格なようで、その段位はかなりのステータス。会派・流派のそれとは別格らしい。また、全空連の空手大会は国体に通じ・・・←これは私のあやしい知識での勝手な解釈。
というわけで、私たちのスポーツクラブは連盟に属していないので昇級も試合もないわけだ。(ただし、ちびっ子クラスは、スポーツクラブ内での昇級があるようで、子供たちの帯の色は変わっていっている)
さてそんなクラブなのだが、師匠が自ら”全空連”に加盟する団体を立ち上げた。その名は清流スポーツアカデミー。我々が、そのアカデミーに加入し、自分個人の連盟への登録料を払えば、全空連の昇級試験にエントリーできる道を師匠が開いて下さった。
それが、2月の下旬のこと。そして3月早々、4月22日の国際予選の参加を打診される。
折角、団体を立ち上げてくださったのに、誰も参加しないという醜態を見せるわけにはいかない。ここは立つしかない。まっさきにエントリーを決断。
ただ、あと1月しかない。しかも、あと1つ大会前までに型を覚えないことには・・・。
そこで、寝る子を起こす。職場の空手部の道場を使わせてもらうことに再びチャレンジする気になった。
今日の昼から画策した。総務部(どうしたら道場を合法的に使えるか)→スポーツセンターに問い合わせ(ここが申請の受付場所)→空手部顧問(学生空手部が私の動きを承知してくれるためのとりなしをお願い)に問い合わせをし、晴れて合法的に道場を使わせてもらえることになった。
次へのチャレンジは・・・、これをキッカケに空手部の練習に混ぜてもらうことかなぁ。
昨晩が今年最後の空手。そしてその後の忘年会。
忘年会で、最近の不安をしゃべってみた。
「左の正拳突きに力が乗るようになり、調子に乗ってぶんぶん振り回していたら、もう二ヶ月も左肘がいたい」
その話を横耳に挟んだ、師匠が
「肘が痛い?あー、それは誰もが一度は通る道。余分な力が入っていなく、正拳付きが伸びている証拠ですよ。正拳突きの最後の瞬間、ぎゅっと力を入れることが次の課題ですね」
ほー、もう一生左肘が痛いままかとおもったが・・・。誰もが一度は通るみちなのねぇ。
おっと、待てよ、私はおじさん。若かい人とは体の回復力が違う。あんまり喜ぶのはやめて、いたわりながら回復を待とう。
いよいよ商品化か?
木人椿を作り出した当初、YUTUBEの動画を見ながら木人椿の使い方を研究した。
森の中に捨ててこられる間伐材だが、担いで持ち帰られるサイズのもので木人椿を作ることができる。多少の値段で売れれば、林業の副収入になるだろう。木人椿を売ったところで、一年食べていけるほどの大きなマーケットはない。しかし、一年に一個でも売れれば、たまにはおいしいものを食べにいける。そんな思があってのこと。
もう半年以上も木人椿の楽しみ方を研究してきた。
特に空手を習い始めてからは、木人椿の楽しみ方が大いに進歩した。
①本を読んでいて眠くなったとき、木人椿のうでの部分に足を乗せ、ストレッチをしながら読書
②ケリの練習相手になる。木人椿の腕の部分をけったり、位置を変えたり・・・。ケリを正確に打ち込む&高い位置への安定したケリの練習。
以上のことを加味すると、中国拳法の練習用の木人椿に改良を加えたほうがいいという直感を得た。そこで、木人椿2号を作ることに。
実家が製材業を営む学生がいたので、彼に端材の丸太をもらった。この冬休みに改良版木人椿を完成させたい。写真左側の丸太がそれだ。是非、空手4連続世界チャンピョンの師匠にも見てもらいたい!
しかし、木人椿でなければいけない理由は、やはり音だろう。連続ゲリの練習だけだったらサンドバックでもいいわけだから・・・。木である強みを出した製品開発、それが目指すところだ。
土曜日は空手、日曜日はバイク技能講習とおもっていたら・・・。
12月4日(日)のバイク講習は12月4日 (土曜日!)だった。
空手とダブルブッキング・・・。
どうやら赤道直下の灼熱の太陽熱で脳みそが、”さらに”いかれたらしい。
連載第2弾の原稿も書き出しに苦しんでいる・・・
ケニアに滞在中も、ホテルでは空手の練習を欠かさなかった。
しかし、それらの自己練習よりもスクールの練習のほうが自分に負荷がかかり、能力アップになる。昨日は2週間ぶりのスクールだ。
やはり自己練習ではうちきってしまう練習も、師匠の号令によって続けざるをえなくなり、ハーハー、ゼイゼイの域に!おかげで今日も筋肉痛だ。
しかし、ありがたい。スクールの2回目、蹴りの打ち込み練習をしているとき、二段回し蹴りでミットを持ってくれていたインストラクターにとって私の動きが予期せぬ動きだったらしく、インストラクターの首に蹴りが入ってしまったあの失態の蹴り。あのころの蹴りが、自己流の限界。せいぜいミットをもって屈んだ人の脇腹に一発、そして首に一発。そして蹴り足を着地。これが限界。
しかし、自分でも驚いていることだが、最近では脇腹、首、頭の位置に蹴りが連続して出せる(右足で蹴ったなら、右足を着地することなく次の蹴りを打ち出す)。しかも、その位置なら体勢を崩さず、何発でも・・・。まるでジャッキーチェンの映画のように・・・。(ただし、体が温まっていたらの話)
恐るべき教育体系。自然と能力が向上している。
さて、私がアフリカに飛び立つ直前、師匠の教えを請いにマカオから小さな黒帯の女性がスクールの片隅で練習していた。なんでも、私がアフリカ滞在中、彼女を交えての飲み会があったそうだが・・・。その彼女、今回のアジア大会で銀メダルとなった。確かに、動きが鋭かった。
マカオは香港の近くなのに、カンフーでなくてどうして空手を習い始めたのか?今度会うことがあったら聞いてみたい。