金華山の土器 続編3

 今日、職場に電話がかかってきた。電話は岐阜市教育委員会からだった。先日あづけた土器片・瓦片についてだった。
 なんでも教育委員会は瓦を発見した場所に行ったらしい。しかし、分らなかったと・・・。それで私に場所の確認の電話があったわけだ。

 火曜日の朝、私が現地を案内することにした(というか積極的にさせてくださいといったのだが・・・)。

 なぜ、瓦が・・・と思って、聞いてみたら、土器よりも瓦の場所は大事で・・・というようなことだった。確かに、稲葉山城落城、岐阜城移設時の瓦なら、それは天守閣の位置と密接なつながりがある。当時考えられないところから瓦が出てこれば、これまでの天守閣等の位置の定説が塗り換わることだってある。そいうことかぁ~。だから瓦を拾った場所が知りたいということか。

 確かに、土器片よりも瓦片のほうが興味をそそるわけなんだなぁ。さて、どうなるか。岐阜城の歴史を塗り替える一石を投じるこいとになるのか?!今後の展開が楽しみだ。

2 thoughts on “金華山の土器 続編3

  1. thara

    同じ様な話を知っています。
    本能寺の位置についても詳しいことがわからなかったみたいですが、
    焼け落ちた中に瓦の破片が最近土の中から
    発見されたみたいですね。
    そのおかげで、本能寺の位置がわかったようです。
    もしかしたらその様な可能性もありそうですね。

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  2. takejima

     今晩も金華山に上ってきました。登頂は午後11時20分。瓦の落ちていたところで追跡調査しようとおもったけど、いま、この時期にそのあたりでもごもごやっていたら、火曜日に備えて捏造工作しているとも見られないのでやめてきました。
     しかし、本能寺はそうですか・・・。ちなみに、昨年の年始、時間があったのでNHKの千代と一豊の影響もあって、安土城跡にいってきました。志半ばで終わったけれども、勢いを感じる熱い地でした。その地は最近まで荒れるに任せていたらしいです。
     さて、私も発見も岐阜の活性化に一石を投じることになるのか・・・。妄想は止まりません・・・。

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